カウンセリングや心理療法は、もちろんニーズとご注文に合わせて、最適なものを提供すべきです。けれども、実はこれはこの業界ではあまり普通のことではありません。多くの専門家は、自分の得意とする心理療法を提供することに熱心で、利用者が本当はどんなカウンセリングを求めているのかに関しては、少し無頓着な傾向があります。それは、「自分の専門性を極めたい」という気持ちや「習ってきたことを忠実に守るのが倫理的だ」という考えからだと思うのですが、その一方で利用者のニーズに関しては優先順位が下がっている印象を否めません。
これは利用者の視点に立てば、とても残念なことです。
そして、これを放置するべきでないことは、多くの人が賛成してくださるでしょう。
ただ、ここには、カウンセリングの特殊性があってのことだとは思いますので、以下、ていねいに解説したいと思います。(お急ぎの方は、飛ばして最後をお読みいただければと思います)
ちょっと身辺雑記的なところから始めますが、少し前に私は生まれて初めてスーツをオーダーしました。まさにオーダーメイドです。
これにはいろいろな背景があって、私がある日「スーツが足りない気がしてきたから、新しいのを買おうかな」と言ったら、妻が「そうだよ!あなたも学部長になったんだからちょっとはいいスーツを作るべきだよ」と言ったのが始まりでした。
「そんなこと言ったって、スーツは年に10回くらいしか着ないし、スーツで勝負してる仕事じゃないし」とか「臨床、研究、教育の全てでスーツは必要ない」という私の御託を意に介さない妻にデパートに連れて行かれました。
そのデパート内にある高級ブランドショップに入ったら、これまた最高級の笑顔で、なんとシャンパンのサービス付きで生地選び、採寸と進んでいきました。シャンパン1杯につきこちらの財布の紐は1㎝づつ緩んでいく感じがしました(全長何㎝だったのかは今となっては不明です)。
そして、感じました。「自分のオーダーよりも、専門家のアドバイスの方が信頼できるかもしれない」「裾や袖の長さやデザインも、自分の好みではなく、専門家が選んでくれた方が自分の身体にも合っていて、流行にも惑わされずに長く着れるのかも」と。
これはまさにオーダーメイドではなくて、テーラーメイドだ!
そう思ったのでした。
そう言えば思い出しました。
もう10年以上前にちょっと有名なソムリエがいるワインレストランに、初めて(というか結局その後も含めて2回しか行っていません)行ったときに、次々に私の好みのワインが、しかもだんだんと重いものになって出てくるのに驚いて、ソムリエに聞いてみました。すると「お客さまのお話のなさり方、振る舞いからだいたいわかるんです」ということでした。
たしかに、はじめに少しだけワインの好みをお伝えして、最初のテイスティングに感想は述べました。けれどもそれだけで、私自身よりも詳しく私の好みを理解されてしまったみたいです。
そして、私は決めました。
「テーラーメイドのスーツを作る仕立て屋さん、客の好みを客自身よりもわかるソムリエのようなカウンセラーになる!」と。
そうです。
私たちカウンセラー/セラピストは、お客さんの志向と適合性をお客さん以上に理解して、サービスを提供しなくてはいけないのです。
そもそもカウンセリングや心理療法に正確で詳しい情報をお持ちのお客さんはめったにいないのですから。
ですので、お客さんの要望をしっかりと尊重した上で、そのオーダーにそのまま応じるのではなく、さらに「テーラーメイド」して提供するべきなのだと考えています。
最近増えてきている例でお話ししますと、「トラウマティックな体験や傷つき」にカウンセリング初期から触れていきたいというご要望を持ちながら、実は睡眠時間も対人関係もとても乱れているような場合があります。そのような方にはまずは生活リズムなどの生活の基盤を整えたり、躁鬱の波をあえて広げるような活動を抑えたり、カウンセラーとの安心できる関係を育む必要があったりする場合もあります。
反対に、ご本人はあまり望まないけれども、まずは日々の生活に大きな影を落としている過去のトラウマ体験に触れて行かざるをえないこともあります。
どちらの場合も十分に説明して、納得していただいてから取り組むようにしているのですが、いずれにしてもある程度の時間をかけてじっくりとやって行かないとうまくいきません。
「数回で良くしてほしい」とか「1回で」というお客さんもいて、流石にそのご要望には「オーダーメイド」としても「テーラメイド」としてもお答えできないこともあります。
こういった諸々の事情を踏まえて、当オフィスではお客様からもできるだけ率直なご要望と、ご意見、そして時には反論を期待しています。
最近、私を含んだスタッフが、クライエントさんからネガティブなコメントをいただいた時に「言っていただいてありがとうございます。もっとあったら遠慮なく言ってください」と返すことが増えています。
そういった、ネガティブなコメントは、そうそう頻繁にいただけるものではないので、少し痛いのですが、喜んで受け止め、そのカウンセリングにも、オフィス運営にも生かしていくつもりです。