はじめに
本書は「心理療法統合ハンドブック」(杉原・福島編著,2021)の姉妹編・実践版として企画しました。「統合ハンドブック」それぞれのテーマと領域に関するエキスパートに執筆していただき、専門性の高い著書となりました。おかげさまで、心理療法統合を標榜していない他学派のエキスパートからも高く評価していただきました。けれども初学者の人たちにとっては「とても勉強になるけれど、すぐに使えるものではない」という本になっていたようです。
そこで、今回は「すぐにでも使える」そして「長く使える」手引きとしての本をめざしました。執筆者も福島以外は中堅の「これからもまだまだ伸びていく」二人にお願いしました。
このような考えから、「基礎編」には心理療法統合を目指すすべてのセラピストたちが身につけるといいと思える考え方と技法を紹介しました。さらに「エキスパート編」には、心理療法統合を試みながらエキスパートを目指すセラピストのための考え方と技法をまとめてみました。
以下、本書をお読みいただくに際して、補足とお願いしておきたいことなどを書きました。
■心理療法統合と統合的心理療法
本書においては「心理療法統合」と「統合的心理療法」という言葉を、あまり明確に使い分けていません。けれども厳密にはこの2つの言葉は意味が違います。「心理療法統合」は、本書の第1章で詳しく定義を述べていますが、「取り組みの姿勢」や「チャレンジ」とその「プロセス」を意味します。一方「統合的心理療法」は、その結果として成立した心理療法を指します。けれども日本では、この2つの言葉は現在はまだ混在しているというのが実情です。本書では、前者の「取り組み姿勢」としての「チャレンジ」を大切にしつつも、セラピスト一人ひとりが、それぞれの統合的心理療法を作っていけるように支援するつもりで、書かせていただきました。
■技法優先か姿勢優先か
本書では様々な技法を紹介しました。あたかも技法のオンパレードのように見えるかもしれません。けれども、本書を通読していただければお判りいただけるように、実際に最も大切にしているのはセラピストとクライエントの関係性です。この関係性を大切にする姿勢は、それがクライエントの利益につながり、セラピーの効果につながることが様々なエビデンスでも立証されています。本書で紹介されている様々な技法は、すべてこの「セラピストとクライエントの関係性」のための技法と言ってもいいくらいです。つまり、適切な技法をクライエントに合わせて工夫して用いようとする姿勢そのものが、クライエントからの信頼を高め、関係性を良質のものにしていくだろうというものです。
つまり、あくまでも技法ありきではなく、関係性のために技法を用いるという姿勢です。間違っても「技法の中にクライエントをはめ込もうとする」ことのないように、注意喚起したいと思います。実際、筆者の実践の中で特別な技法を使っている事例は3分の1以下です。それ以外の事例は、一見ごく一般的なカウンセリングですが、その背景に心理療法統合の姿勢があり、そのような事例の中で必要に応じて、本書で紹介しているような技法を使うというのが実態です。
この辺りのことを、心にとどめて本書をお読みいただけると幸いです。
■豊富な事例
本書には、折に触れて様々な事例が紹介されています。その長さや具体性も多様です。そしてそれらのほとんどは、クライエントの同意を得たうえで、個人情報を省いたり、多少の変更を加えたりしながら、事例の本質を損なわない形で紹介するものです。事例によっては、いくつかのケースをまとめた架空事例という形で記述したものもあります。豊富な事例の記述は本書のような実践本においては必須のことと考えています。そして13章・14章においては、他の章では丁寧に書ききれなかったセラピストの内面や逡巡なども含めて、長期的で統合的な事例を詳しく書かせていただきました。
これらの点に関しては、何よりも記載に同意くださったクライエントさんたちに心からの感謝を述べたいと思います。そして読者の皆さんは、このようなクライエントさんたちの生の声を、心を込めてお読みいただけると大変嬉しいです。
■大学院生のレポートより
ここで、ご本人の了解を得て、ある大学院生の学期末レポートの一部を引用したいと思います。
「臨床心理面接特論Ⅱの授業を受けて、さらに『心理療法統合ハンドブック』を読んで、自身のオリエンテーションを考える中で、1つの心理療法に固執して他の心理療法は知らない勉強しないという姿勢はとても危険であると気づいた。たとえ自身が今後特定の心理療法をオリエンテーションにすると決めた場合にも、他の心理療法についても学ぶことで自身が選択したオリエンテーションの特異性、アイデンティティがより明確に理解できると考える。(中略)今後はあらゆる心理療法を学び、比較をする中で1つ1つ知識や技法を深いところで吸収していきたい。1つの療法だけでなく様々な心理療法を学ぶことで、その療法のメリットデメリットについて思考を巡らせ、最終的に統合的な心理療法に挑みたいという気持ちに辿り着くのではないかと予想している。」
まさに心理療法統合の大海原が眼前に広がっていることを知り、その豊かさを感じ、そこに飛び込んでみようかどうしようかと思っている様子が伝わってくるようです。飛び込んで長い旅路に就いた際には本書がガイドブックとして、少しでもお役に立てれば、こんな嬉しいことはありません。
■最後に
最後に、本書の企画段階から大変お世話になり、紆余曲折を経ての執筆の間も辛抱強く一貫して励ましてくださった誠信書房の中澤美穂さんに、心より感謝を申し上げてこの「はじめに」を閉じたいと思います。
2024年盛夏 著者を代表して 福島哲夫