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心理療法統合の手引きーあとがき

あとがき

 

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 

 ここまで読んでくださった方にはおわかりいただけたと思いますが、本書は技法の本でもマニュアル本でもありません。心理療法統合の「姿勢」と「態度」、そしてその奥にある「基本的な考え方」の本のつもりで書きました。とは言うものの専門的なサービスに技法的側面は欠かせないので、数々の効果的な技法も紹介しました。けれども、その技法的側面よりも大切な、その技法をどのような姿勢と態度でどのように使うのか、という基本的な考え方を書いたつもりです。

 

この「基本的な考え方」とは、一言でいえば「多様性を重んじる」ということです。それは「権威主義」や「特権的な存在」を認めないという考え方です。つまりセラピストやその技法・手法に関して、「これだけが一番」「この人の言うことだから正しい」という態度を取らないということです。そして間違っても「技法のためのセラピー」や「クライエントを技法に当てはめる」というような一律的な姿勢を取らずに、クライエントの多様性に応じるということです。けれども、この多様性を重んじるというのも簡単なものではありません。何でもありかというと決してそうではないからです。

 

心理療法の世界を森にたとえて言えば、単一学派という巨木や、新しい技法のようなまだ生えたばかりの灌木等々、まさにいろいろな草木が生えている森に似ています。そこには多様な生き物がいるけれども、適者生存と共生という厳しい原理があります。多種多様な心理療法の森にも「クライエントの役に立つ」という厳しい生存条件があるはずなのです。

 しかし本書の中で繰り返し語ってきた「クライエントの役に立つ」ということそのものも、非常に多様で、簡単に論じることも難しいものです。その難しさの理由の一つにこの「役に立つ」ということが「倫理」の問題と密接に繋がっているからということが挙げられます。

 

 

■心理療法統合にとっての倫理

 心理療法統合にとってとても大切でありながら、本書では独立の章を立てて書くことができなかったものに、この「倫理」の問題があります。なぜとても大切なのかと言えば、それは心理療法統合がある意味で「積極的な」姿勢と介入を採用する場合があるため、一般的な心理療法よりもさらに強く倫理を意識しなければいけないからです。

 

この点に関して、杉原(2024)は「消極的倫理」と「積極的な倫理」として次のように述べています。

 

「消極的倫理は、保身的な倫理であり、防衛的な倫理です。リスク・マネジメントの観点からのみ考えられた倫理です。消極的な倫理では、倫理的に真っ黒のケースは避けられるかもしれませんが、グレーのケースは増えてしまいます。「グレーならOKだ」という考え方は、臨床実践の質を大きく損ないます。

(中略)大事なのは、クライエントの傷つきを最小限に抑え、倫理問題がエスカレートするのを防ぎ、安全を確保して、クライエントが心理支援からできるだけ多くを得られるようにすることです。」

 

このような姿勢は心理療法統合のそれととても近いものであることがわかるでしょう。「クライエントの役に立つ」ために、防衛的な倫理を超えて、より積極的に、対話の中で相互的・プロセス的な倫理を模索していくことの大切さをここに強調しておきたいと思います。

 

たとえば本書の9章・10章において論じたカップルや家族への統合的なアプローチにおいては、消極的倫理を守るために「カップル・夫婦や親子は必ず、担当者を別にした並行面接を」という形にこだわることは簡単です。けれども、そのような消極的倫理を超えて家族やカップルに最適な面接形態を選んで実施するというのも、上記の積極的な倫理の一つの形と言えるでしょう。

 

とくにカップル・夫婦・家族への統合的アプローチにおいては、「民主的な態度」その他、人権や倫理に関することをクライエントにも要請するという意味で、「積極的な倫理」を必要とする最たる場面であるとも言えるでしょう。

 

別の例をあげれば、「主治医の指示」問題があります。この問題においては「医療機関におかかりの方は、初回に必ず紹介状をお持ちください」としているカウンセリングルームも多いと聞きますが、これはクライエントの来談のハードルを上げてしまっているという意味で、防衛的な倫理と言わざるを得ません。

 

これらのことは臨床研究においても全く同じように考えられます。たとえば「クライエントへのインタビュー研究」なども、防衛的な倫理からすると避けるべき研究方法かもしれませんが、「主体的に判断でき、断る能力もある」と判断されたクライエントへの十分な説明と同意を得ながら、対話の中で進めるものであれば、対象者のクライエントからも「これまでを振り返るいい機会になった」と感謝され、研究成果としても社会的に意義のあるものとして貢献できるものとなる場合が多々あります。

 

■孤独な闘いも、皆んなでの闘いも

 公認心理師資格ができて以来、心理職は「連携」の中で、いわば「みんなで明るく活動する」事が求められているような風潮があります。それはもちろんとても大切なことで、場合によっては社会活動も、政治活動も必須になってきます。何よりもこれは時代の要請とも言えるでしょう。

 その一方で、伝統的ないわば「孤独な闘い」(あるいはクライエントとセラピストとの二人っきりの闘い)も変わらず大切です。心理療法統合はこのどちらをもサポートする営みでありたいと思っています。

 

■子どものセラピーについても

 本書では、子どものセラピーについて触れることができませんでした。著者の一人の遊佐は、子どものセラピーや療育にも詳しい実践家でもあります。将来的には、子どもへの統合的セラピー、子どもの心理療法統合について、まとめて世に問うことができるといいかもしれません。

 

■社会への働きかけも

 本書のあちこちで少しずつ触れていますが、章立てして論じられなかったもう一つの重要事項が、この社会への働きかけです。心理療法統合には、社会への働きかけを含む「大きな統合」もあるということは第1章で触れました。そのようなはっきりした取り組みもとても大切ですが、日々の臨床活動の中で、虐待・いじめ・不登校・トラウマ・抑うつ等々の背後に、明らかに社会の側の問題がある場合も少なくありません。このような問題に関して、直接学校や行政、司法や警察に働きかける必要がある場合はもちろん働きかけます。

けれどもそればかりでなく、日々臨床に携わる中で、選挙では必ず投票し、時には市民運動に参加することも、上記のような問題の社会的側面を少しでも改善するための、より広い意味での心理療法統合だと言っていいでしょう。

 また、上記のような社会的意識なしに心理療法統合はあり得ないとさえ言えるでしょう。とどのつまり、私たちは現代社会に生きる一市民として、過度の楽観にも絶望にも陥らずに、為すべきことを為すという姿勢で生きるしかないのかもしれません。

 

                     2024盛夏 著者を代表して 福島哲夫

 

 

杉原保史(2024)心理職の積極的な倫理、みんなで取り組む倫理:保身的な倫理、個人に閉じた倫理を超えて(前編・後編)https://www.note.kanekoshobo.co.jp/n/n47ba973b7c95. 2024年7月7日閲覧

心理療法統合の手引きー実践でのコツをつかむ

著者 福島哲夫・三瓶真理子・遊佐ちひろ

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