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心理療法統合の手引き(第12章)「統合的心理療法が最も役立つ複雑性PTSDの治療:トラウマのメガネと統合的心理療法が最大限生かされるとき」

12章 統合的心理療法が最も役立つ複雑性PTSDの治療―トラウマのメガネと統合的技法が最大限生かされる時

 

1.はじめに

 この章では、統合的心理療法の応用編として、トラウマインフォームドケアの考えに基づく複雑性PTSDの統合的治療について、解説します。 

 

近年、トラウマインフォームドケアと、複雑性PTSDの治療が注目されてきています。

このトラウマインフォームドケア(TIC)とは、支援者たちがトラウマに関する知識や対応を身につけ、対象者の人たちに「トラウマがあるかもしれない」という観点をもって対応する支援の枠組みです。このTICという考え方は、2000年代以降、北米を中心に広がりを見せ、近年日本においても、医療、福祉、司法、教育の領域にも適応されるようになってきています(大阪教育大学,2023)。

 

 この考え方は「トラウマのメガネ」とも呼ばれていて、「この人(子ども)の、一見理不尽な言動や、過剰な反応の裏にはトラウマがあるのかもしれないという目で見てみる」ということの意義が唱えられています。「色眼鏡で見る」と言えば「物事を歪んだ(偏った)見方から見る」という否定的な意味で使われますが、この「トラウマのメガネ」は、これをかけて初めて問題の本質が見え、正しい対応が見えてくるという意味で、大切な発想となっています。

 

 このような考え方が出てきた背景の一つには、1990年代後半から行われるようになった小児期逆境体験(Adverse Child Experiences: ACE)研究の蓄積があります。これらの研究で、関係者が考える以上に多くの人が虐待や家族機能不全といった逆境体験をもっているだけではなく、さらにその後の逆境体験を重ねれば重ねるほど行動面、心理面、健康面のリスクが高まることが明らかにされました。逆境体験がすべてトラウマになるとは限りませんが、トラウマを理解して対応していくことの必要性が認識されるようになりました(大阪教育大学,2023)。

 

 また複雑性PTSD(Complex PTSD:以下CPTSD)は、ハーマン(Herman,1992)によって提唱されて以来、診断概念としては正式に認められないままに今世紀に至っていましたが、ICD-11(世界保健機構国際疾病分類第11)により、2022年にWHOにおいて2019年採択2022年発効という形で正式に認められました。これはこれまで米国精神医学会の診断基準DSM-5でははっきりと定義されなかった長期反復性のトラウマのサバイバーに関して、複雑性PTED(CPTSD)が、公式診断とされた画期的な出来事と言っていいでしょう。

 振り返ってみれば、私たち心理職は、すでに長い間「トラウマ」や「虐待」そして「機能不全家族」などの概念には親しんできたものの、それらに対して系統的で体系的なアセスメントやセラピーの訓練は受けてきていませんでした。けれども、今思うと「あのケースもそうだった」と強く思わされる事例が多く、これは「発達障害」が初めて本格的に紹介された頃の感覚に近いものがあります。

 

 

2.複雑性PTSD(ⅭPTSD)とは

PTSDは、ハーマンによって1992年に提唱されたもので、定義としては以下のようになります。「極度に脅威的ないしは恐怖となる性質の出来事で、最も多くは、逃れることが困難ないしは不可能で、長期間あるいは繰り返された出来事に曝露したあとに生じる障害」(World Health Organization,2018)。そして、このような出来事の例として、拷問、奴隷、虐殺、長期的な家庭内暴力、繰り返される子ども時代の性的もしくは身体的虐待などがあげられています。

 

そして以下のような症状を伴っているとされました。

①再体験症状:re-experiencing;再体験

鮮明な侵入的記憶で、フラッシュバックや悪夢の形による、トラウマ的な出来事が今起きているように感じる再体験

②回避症状:avoidance of traumatic reminders;回避

出来事に関する思考や記憶の回避、あるいは出来事を想起させるような活動、状況、人物の回避

③脅威の感覚(過度の警戒心):persistent sense of current threat that is manifested by exaggerated startle and hypervigilance;過覚醒

今も脅威が高まっているような持続的で、過度な警戒心ないしは不意の物音などに対する過剰な驚愕反応

感情制御困難:affective dysregulation;感情の調整不全

情動反応性亢進(気持ちが傷つきやすいなど)、暴力的爆発、無謀なまたは自己破壊的行動、ストレス下での遷延性解離状態、感情麻痺および陽性の感情の体験困難

否定的自己概念:negative self-concept;否定的な自己概念

自己の矮小感、敗北感、無価値観などの持続的な思い込みで、外傷的出来事に関連する深く広範な恥、自責の感覚

対人関係の障害:disturbances in relationships;関係性の障害

他者に親近感を持つことの困難、対人関係や社会参加の回避や関心の乏しさ

 

以上のうち①~③はPTSD(心的外傷性ストレス後症候群)と同じです。そしては自己組織化の障害と呼ばれるものです。この自己組織化の障害とは、一言で言えば「自分を保っていることがとても難しい」状態だと言えます。

けれども臨床的には境界性パーソナリティ障害(BPD)との区別が難しいともされています。BPDは上記の自己組織化の障害に加えて、「見捨てられを防ぐための極端なしがみつき」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く不安定で激しい対人関係」「とても不安定な自己感覚・自己イメージ」が特徴とされます。また、自殺企図や自殺行為がBPDでは高く(50%)、CPTSDではPTSDと同様に15%前後とされています。

 

10-1.境界性パーソナリティ障害(BPD)とCPTSDとの鑑別(飛鳥井,2021をもとに筆者が作成)

自己組織化の障害(DSO)

BPDCPTSD

主な違い

自己概念の障害

BPD

アップダウンする不安定な自己感覚

CPTSD

常に否定的な自己感覚を反映

対人関係の障害

 

BPD

急に変化しやすい対人交流パターン(ex.理想化とこきおろし)

CPTSD

対人関係の持続的回避傾向(親密な関係を避けてしまう)

その他

BPD

操作性、衝動性、見捨てられ不安、自殺企図や自傷行為の反復などの特徴

CPTSD

自殺企図や自傷行為が出現することもあるが、病態の中心ではない。

トラウマ特異的なPTSD症状の存在がある。(ex.様々な身体症状や自律神経の不調)

 

 

また、岡野(2021)は、CPTSDの治療の際には、従来の精神分析的な治療を、以下のように変更する必要があるとしている。

 

  表10-2CPTSD治療のための精神分析治療の変更点(岡野,2021をもとに筆者が作成)

主な変更項目

内容

①治療関係の安全性と癒しの役割

 

治療場面が傷つき体験とならないよう、治療構造の「柔構造」的なあり方が必要

②トラウマ体験に対する(加害者側に立つと誤解されない)真の中立性

必要に応じてThの態度表明や感情表現をすることが真の中立性を保つうえで重要

③愛着トラウマという視点

 

治療者は過去のトラウマの想起やその治療的な扱いを優先的な治療目標とする姿勢から離れる。まずは安全な治療関係を形成することを第一目標とすべき

④解離の概念の重視

 

解離・転換症状を扱うことを回避せず、症状や主張の背後の意味を読み、受け取っていく

⑤関係性や逆転移の視点の重視

 

治療者側の救済願望により、治療関係が新たなストレス体験とならないよう、来談者への気持ちに常に適度なブレーキを踏み続けるような治療関係が望ましい

⑥倫理原則の遵守

トラウマ体験により治療者に対しても加害的イメージを投影する可能性が高いため、最大の配慮を払う

 

 これらは、世界的な趨勢でもあり、主な現代心理療法や20世紀末から21世紀にかけて生まれた新しい心理療法は、全てこの傾向を備えているとも言えます。また、統合的心理療法もこの方向性にあることは疑いようがなく、上記の姿勢に「複数の異なった治療理論や治療技法を駆使する」を加えれば、そのまま統合的心理療法になると言っても過言ではないでしょう。

 

 また、これまでの筆者の経験からも、とくにCPTSDClには、単一技法はあまり効果的ではなく、「柔構造」の中で、ThClの味方であるという「態度表明」や「感情表現」を通じて、決して冷たい中立性ではなく、加害者に怒りも感じる道義的な人間としての安心・安全感を持ってもらう必要があります。そしてまずはセルフケアやストレスコーピングの具体策について、時に心理教育もしながら、さらに症状を乗り越えていくためのワークを導入する必要もあります。時には家族に会う必要もあり、場合によっては家族や加害者とその関係者へのメールなどを作成するサポートも必要と考えます。

 

 以下に、いくつかの事例とともに、このようなCPTSDへの統合的心理療法のあり方を検討していきたいと思います。

 

 (以下、省略)表10-4参照

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