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書評「私の治療的面接の世界とスーパーバイズ」(増井武士著)

大学が冬休み中ですので、久しぶりにブログを書きます。

今回は、書評です。

 

まず、一読しての感想は「自由な人の書いた自由な本だ!」でした。

 そしてサブタイトルに「新人間学」とあるように、徹底して「人間的」だということです。

 

クライエントとの面接室外での交流、セラピストの驚くような自己開示等々。

時には増井先生ご所有のヨットにもクライエントを乗せ、バイジーたちはバリ島の増井先生の別荘で過ごした思い出を語る。

 

バイジーたちは毎回の増井邸でのSVの際、妻の直子さんによる送迎とお茶とお菓子のもてなしを(おそらく)必ず受け、帰りの直子さん運転の車の中では、様々な話題が弾む。。。

 

これらの記述を読み、まず思い出したのが1980年代頃の日本の心理臨床シーンである。

 

当時、大学院生だった私(評者)は第一線のセラピストたちの集まる懇親会で、先生方が「いやー我が家に(Clの)男の子を預かるのは、家に娘がいるとちょっと心配やなー」等々と語り合っていたのを聞き、「はー、そういうもんなんだな。。。」と多少の違和感とともに受け止めていた。

 

その席では国分康孝先生(1930年生まれ)、東山紘久先生(1942年生まれ)が特に強く同意しておられたのを記憶している。またその場にはおられなかったが河合隼雄先生(1928年生まれ)は、その名著「カウンセリングの実際問題」に不登校の少年を自宅にしばらく預かっていたことがあると書かれている。かように河合先生の世代とそれに続く先達たちは、クライエントとの枠外での接触について積極的だった。

 

この本の著者の増井氏は河合先生より20歳近く年下(1945年生まれ)ではあるが、その伝統をしっかりと受け継いでおられるように思う。思えば増井氏よりも7歳年上(1938年生まれ)の評者の最初の師匠、小川捷之先生も若い時、クライエントの男の子とアパートの隣同士で暮らして、毎朝ランニング等をしていたと語っていた。(その男子は、その後、小川先生のいる横浜国立大学の学生となり、ゼミ生となっていた)

 

 

さらにその3歳年上の村瀬嘉代子先生(1935年生まれ)は、クライエントを自宅の夕食に呼ぶことがしばしばあったと論文にも書かれている。

 

以上のように、1980年代までは当然のように行われていた「Clとの枠外での交流」は、次第に影を潜めて、少なくとも公の場では語られなくなった。

 

その意味で、増井氏の本書は「古き伝統」をしっかりと残してくれている貴重な資料とも言える。

 

それにしても、である。

今の時代に改めてこのような記述を読むと、セラピーの構造に関しては、ある程度の柔軟性を持った方がよいと考えて実践している私(評者)から見ても、「大丈夫なのだろうか?」と思わざるを得ない。

現在の私は、クライエントと面接室外で会うことはないし、バイジーさんたちとも学会や研修会以外ではほとんど接触しない。

 

ましてやヨットも別荘も持たないので、招きようもない。

自宅でのホームパーティも学部学生以外には呼ばない。

 (やはり日本は貧しくなっていっているのかもしれない・・・。)

 

今の私は「枠外の」関係なしで、いかに人間的に触れ合い、自由な関係を持てるかを模索しているつもりである。

けれども、インターネットが普及し、SNSが盛んとなり、カウンセリグオフィスではそのホームページにセラピストの情報を載せるのが必須となり、さらにはセラピストの名前を検索すれば、様々な情報が入る現代となって、この問題は別の形で熟考に値するようになっても来ている。

 

クライエントの方々は、あらかじめ種々の方法でセラピスト情報を手にすることができ、それがいる種の安全性を確保することにもつながる反面、セラピーの経過中でのそれらの情報は「雑音」ともなって、クライエントを苦しめることにもつながる。

 

本書にはそのようなデジタルツールにおける交流や一方的な曝露については書かれていないが、「枠外でクライエントと接触して、関係性が危うくなることはないのだろうか?」という疑問を持ちながら読み進めたところ、P59に以下のような記述が1回だけされていた。

 

「本書で提案する方法の適応性は各種の神経症レベルまでで、ボーダーラインのケースや統合失調症には別のアプローチを考えています」と。

 

たしかに、その範囲に限定すれば、増井氏の臨床的提案はある程度の妥当性があるだろう。

けれども、評者をはじめ臨床心理を専門とする読者が一番読みたいのは、その例外をどのように見極め、どのようにマネージするかという点ではないだろうか。

さらには、神経症レベルともボーダーラインレベルとも言えるトラウマ関連障害をもつクライエントさんに、どう人間的に触れ合うかを学びたいと思っているのではないだろうか。

 

そのような問わず語りはさておいて、第4章に述べられている以下のような15の原則は、とても示唆深い。

 

1.治療者が一人の人間に返ることー治療者が面接の場で「自分」に立ち返ること

2.患者さんを肯定的に見ることができる基本的な考え方ー症状能力について

3.治療場面構造の調整(評者注:自由で柔らかな治療構造)

4.面接初期に確認した方が良い要件(評者注:先入見にとらわれない初回面接で「よくなることのイメージの点検」や「趣味や時を忘れるようなことや物の確認」

5.分かりやすく説明する

6.やりたいこと見つけー治療学は休養学です

7.イメージで聴くこと

8.良くなっているところを顕微鏡で見るように拡大して見る

9.手のつけやすいところから手をつける

10. 性格を変えようとせず、環境を変えてみるー架け橋としての治療者

11. 問題を容れ物に入れてどこかに置いておくこと、距離を置いて自分を眺めること

12. 自殺予防

13. 理論を信じず、その場の自分の体験を信じよう

14. 直感を信じること

15. ドタキャンあり

 

これらは、著者の名人芸的な事例の数々とともに紹介されている。すべて賛成できるものであり、評者も自分なりに実践しているもの(のつもり)である。

そして、ここには著者の師匠格である神田橋先生の影響が色濃く認められる。

 

評者自身も20代の終わりから30代の前半にかけて、神田橋氏先生の事例検討セミナーに毎月参加して、それまでの理論重視の教えからずいぶんと解放された気がした経験がある。

 

けれども、やはり先に述べたような面接室外を含む自由な関りを、現実適応力は高いけれどもボーダーライン的な要素を持つクライエントやトラウマに苦しみながらも、現実はしっかりと保って生きているクライエントにも持つのか等々、疑問は尽きない。

 

上記の1~15の原則については、本書の後半でのバイジーさんたちの記述が、増井氏の新人間学とされる臨床的な姿勢について、その具体的なコツをかなり補足してくれていて、伝わりやすいものになっている。

 

言い方を変えれば、増井氏の(現代日本においては)自由過ぎる姿勢を、もう少し現代風に解題してくれているとも言える。

 

なかでも浅野みどり氏の論考は、セラピストの自己開示やノンバーバルな部分の大切さ、そして何より枠外でのクライエントとの接触について、「非性的な多重関係」として丁寧に論じられている。そして、クライエントとの「個人的な関係」について、抑制のきいた文章で慎重に論じられている点で、増井氏の論考を補足して余りあるとすら言える。

 

本書に見られる、増井氏の論述とバイジーさんたちの論述の自由度の違いとも言える温度差、そして筆者と評者との姿勢の違いは一言で言ってしまえば、「時代の違い」から来るものが多いと言えるだろう。

 

けれども、「時代が違うから」と一言で済ますのではなく、その中から引き継ぐべきものと変えていくべきものをしっかり弁別する必要がある。

 

枠外での交流は控えるにしても、いかにClと人間的な交流を保ち続けるか、そしてそれでありながら、その限界をもわきまえて「出来ることと出来ないこと」のバランス、理想主義と現実主義のバランス、専門性と人間性(職業的関係と人間的関係)のバランス等々、種々のバランスを最適に保つかが問われているのだと、あらためて意識させられる良書であった。

 

                                   以上

 

 

 

 

 

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